生き方

自分が執着しているものって案外必要のないものかもしれない

こんにちは!シズです。

先日こんなツイートをしました。

自分の欲しかった物
自分の理想の生活
素敵な恋人…etc

こういうのが手に入ったら嬉しいし幸せですよね。

で、私たちってこういう「自分の欲しいもの」を手に入れようと思ったときは「頑張って」手に入れようとしますよね?

でもね、私はこう思うんです。

人って何かを手放したときに自分の欲しいものが手に入る

自分の欲しいものを手に入れるのって実はそんなに難しいことではなくて、難しくしてるのは私たち自身じゃないのかなって。

自分が「これだけは絶対にゆずれない!」って執着してるものって、案外自分にとって必要のないかもしれません。

そしてその「執着」を手放したときに自分の欲しいものや幸せを手に入れるのではないかなって私は思うんです。

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高待遇の大手企業正社員というステータスを手放したこそ手に入れられたもの

私は現在フリーランスとして働いていますが、以前は大手企業の正社員として働いていました。

給料はそこそこもらえるし休みも多く、2、3週間の長期休暇も取れるという高待遇の仕事でした。

条件だけを見たら申し分ない仕事でしたが、私にとっては死ぬほどストレスの溜まる仕事で最終的にはうつを発症しました。

うつ発症後は休職期間を経て退職したのですが、現在のフリーランスという働き方を手に入れられたのは私が「高待遇の大手企業正社員」というステータスを手放したからでした。

フリーランスになってからはこのときよりも収入はガクンと減りましたが、その代わりに幸福度がグンと上がりました。

私は「安定した収入」「正社員という身分」を手放すのと交換に、通勤や人間関係のストレスがない「自由な生活」を手に入れることができました。

もともと縛られるのが大嫌いな性格だったのに、安定した収入を得るために「会社員」という自分にとってストレスの溜まる生活を無意識に選んでしまっていました。

以前は安定した収入や正社員という身分があれば安心だし幸せになれるかなって思ってたのですが、手放して初めてこれらは自分を幸せにするものではないって気付きました。

絶対にゆずれないものって本当にゆずれないものなの?

誰にでも「これだけはゆずれない!」ってものはありますよね。

でもそれって本当にゆずれないものなの?

もしかしたら自分が「これだけは絶対必要!」って思っているものって、案外必要のないものかもしれませんよ。

例えば私の場合、一人暮らしをするにあたって「トイレ・バス別」というのが絶対にゆずれない条件だったんですね。

18歳で一人暮らしを始めてから5回くらい引っ越しはしたのですが、必ずトイレとバスルームが別になっている部屋を選んでいました。

でもちょっと前に「固定費をもっと下げたいな…」と思い、ユニットバスのお部屋に引っ越したんです。

そしたらトイレ・バス別じゃなくても全然平気だった。

引っ越しをする前の部屋はトイレ・バス別だったんだけど、日当たりが最悪で壁も薄くて。

絶対にゆずれない(と思っていた)「トイレ・バス別」という条件を優先したせいで快適度の低い部屋を選んでしまっていたんですね。

そしてこの「トイレ・バス別」という条件を手放したおかげで私は、日当たりが良くて防音もしっかりしていて快適なお部屋を手に入れることができました。

自分の絶対にゆずれないものを思い切って手放してみると、今よりもっと幸せになれるかもしれませんよ。

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何かを手に入れたいなら何かを手放す。これ、鉄則

何か新しいものを手に入れるときは今もっている何かを手放して余白を作る。

余白がない状態で何かを手に入れようとしても絶対に手に入らないんですよね。

で、何かを手放して余白を作れば、自然とそこに入る「何か」が手に入る。

人生ってこんなものだと思います。

だからなかなか手に入れられないものがあるなら、もう既にキャパオーバーになっていて新しいものが入るスペースがないということ。

人って「手に入れたい!」っていう欲求よりも「失いたくない!」っていう欲求の方が強いからどうしても持っているものに執着してしまいがちだけど、

「不安」や「恐れ」を基準に動くよりも、「楽しみ」や「喜び」を基準に動いた方が絶対幸せになれる。

「失いたくない!」って思っているものって、手放してみるとなくても案外平気だったりしますよ。