生き方

幸せを追求したらフィジーに辿り着いた話【世界でいちばん非常識な幸福論】

こんにちは!シズです。

最近私はずっと「幸せ」について追求していました。

こんなことを言うと胡散臭さというか怪しさ満載ですが、

私は思いっきり真剣です!

で、何をしていたのかというと、幸福学や幸せに関する本を読み漁っていました。

そんな中、

幸せとはまさにこれだ!!!

というものに出会いました。

それが何かというと、

フィジーです!

フィジーというのは、オーストラリアの近くにある南国の島です。リゾート地としても有名ですね。

このフィジーの文化というか、フィジー人の生き方や考え方・価値観がまさに私の求める「幸せ」にガチっとハマったんです。

幸せのカタチは人それぞれだけど、フィジーの非常識な幸福論こそ、全ての人類にとっての幸せなんじゃないかなと私は思うのです。

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世界的に見ても豊かな日本に住んでいる日本人の幸福度が低すぎる件

日本って選ばなければ仕事なんていくらでもあるし、住居や食料や環境にしても世界的に見ると恵まれている国です。

それに治安もとてもいいですよね。

でもそんな恵まれた日本に住んでいる日本人が幸せを感じているのかというと…

そうでもない。

2019年の世界幸福度ランキングでは58位というかなりの下位で、しかもこの順位は年々下がってきているという…

医療やテクノロジーが進化して便利なものが溢れるようになったのに、それに反比例して幸福度は下がってるんです。

私はこれに対して、ものすごく違和感を感じます。

前々から思ってたのですが、

世の中ってそこまで便利になる必要ある??

なんか私たちってかなり間違った方向に向かってる気がするんですよね。それじゃない感がスゴイ。

フィジー人が持つ4つの幸せの習慣

いろいろな本を読んで私が出会ったのが、「世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論」という本。

もうね、この本読んで

そうそう、これよこれ!これこそが幸せだわ!!

ってなりました。

ちなみにフィジーは「世界幸福度調査」って過去に3度も1位となった国でもあります。

そんなフィジー人が持つ、4つの幸せの習慣がこちらです。

物もお金も何でも共有

フィジー人はとにかく「困っている人がいたら助ける」という精神が強いらしく、あらゆるものを共有する習慣があるそうです。

「私の物はみんなのもの、あなたの物もみんなの物」

こんな感じでフィジー人には「これは自分のもの」っていう感覚がないのだとか。

つまり、

所有しないから何も失わないし、共有するから何でも持っている

自分が持っているものは何でも他人に与える、自分が持ってないものは何でも他人から与えられる。

こんな社会だからお金や物がなくて困ったり不幸になることがないんです。

私たち日本人ってフィジー人とは逆に「所有すること」にものすごく執着していますよね。

でも所有してしまうと失うことに対する不安感で結局は不幸になってしまう気がします。

自分にも他人にもテキトー

フィジー人はかなり大雑把らしく、細かいことは一切気にしないのだとか。

レストランで注文したのとは別の料理が出てきたり、お会計が間違っているなんてこともよくあるそうです。

でもフィジーでは自分にも他人にもテキトーだから、これに対して文句を言う人はいない。

自分にも他人もテキトーということは、自分にも他人もユルく寛容だということ。

細かいことを気にしてイライラするより、「ま、いっか」って思える方が絶対幸せですよね。

日本だとお店やサービスに対してクレームをつける人は多いし、時間に少しでも遅れたりすると「ルーズな人」って悪い評価がされてしまう。

完璧を求めるから自分も完璧でいないといけなくて、これがストレス社会を生んでいる。

ちょっとくらいミスしたり遅れたって別にいいやん。

もっと肩の力を抜いてユルく生きればストレスはもっと減るんじゃないかなーって私は思うのです。

どんなときでも「現在」にフォーカスする

フィジー人は過去を反省せず、未来の心配もしないそうです。

そして過去の反省をしないから、同じミスを繰り返すのだとか😂

いやいや、反省せずに同じミスを繰り返すとかアカンやろって私たち日本人なら誰もが思ってしまうだろうけど、

ぶっちゃけここまで来たら面白くないですか?笑

仕事で大きなミスをしても反省せずに仲間と一緒に爆笑するフィジー人

これを聞いて私は「最高やな、それ」って思っちゃいました。

常に「現在」にフォーカスしてるから将来に不安を抱くこともなく、過去のことでクヨクヨすることもない。

貯金もしないし健康のことも気にしない。

フィジー人は貧しく健康ではないけど幸せ
日本人は豊かで健康だけど幸福度が低い

過去に対する後悔や将来に対する不安をいつも抱いてるから日本人は幸福度が低いんでしょうね。

「現在」をないがしろにして過去や将来のことを考えて生きるって不幸な生き方だなって私は思っちゃいます。

光速で人とのつながりを作る

フィジー人は目が合うとニッコリと微笑み、間違い電話でかかってきた相手と雑談し、トイレの個室で隣の人に話しかけるらしいです(笑)

とにかく出会った人と光速でつながりを作るので、どんな人も社会との結びつきが強く、孤独を感じる暇がありません。

最近日本では「おひとりさま」なんて言葉が流行ってるけど、結局幸せって人とのつながりの中でこそ感じるものだと思うんですね。

私も1人行動は好きなんだけど、最近は人と一緒にいることが多くて、そうすると「やっぱり誰かと一緒にいる方が楽しいし幸せだな」って思ったんです。

人と繋がってるってやっぱり安心感がありますよね。

詐欺師と分かっていながら騙されたフィジー人の話が素敵すぎる

車両事故の新聞記事を見せ、自分がその事故で怪我を負ったとウソをついて物乞いする男性にとあるフィジー人がお金を恵んだのですが、

このお金を恵んだ男性、物乞いがウソをついて物乞いしてるってことを知っていたんです。

で、この男性が言った一言が、

「彼は人にウソをつかないといけないほど困っているから助けてあげないと。彼がウソをつかなくてもいい生活を取り戻せるように祈っとく」

ここまで他人を許し、他人に与え、他人のために祈ることができる人ってなかなかいないですよね。

でもこんな風に生きられたらものすごく幸せだろうなって思いました。

やりたいことは「今」やる。やりたくないことはずっとやらない

今を大切にしているフィジー人は、

やりたいことは「今」やる。やりたくないことはずっとやらない

という精神を持っているようです。

これ、めちゃくちゃ最高じゃないですか?

「やりたいことをやるためにはやりたくないこともやらなければいけない」とはよく言うけど、こんなこと一体誰が決めたんでしょうね?

やりたいことをやるためにはやりたくないこともやらなければいけないなんて、はっきり言ってただの固定概念だと私は思うんです。

自分の思うように生きたり幸せになるには、常識とか固定概念は捨てるべき。

だから私は、

やりたいことは今やるし、
やりたくないことはずっとやりません!!!

みんなにもフィジー人の非常識な幸福論、是非読んでみてほしいです。

今自信を持って「幸せ!」って言えないなら、その生き方は幸せな生き方ではないですよ。