コラム世の中の気になるコト

透明人間はいるかもしれないし、猫だって本当は喋るのかもしれない

こんにちは。シズです。

私は透明にもなれないし瞬間移動もできませんが、世の中にはもしかしたらそういうことができる人がいるかもしれない。

…そんな風に思うことがよくあります。

私は海外ドラマや小説が好きなのですが、これらの世界にはよくそういうたぐいの人間が出てきます。

そういう話を観たり読んだりしていると、「もしかしたら、もしかするよね」なんて思っちゃうのです。

透明人間はいるかもしれないし、猫だって本当は喋れるのかもしれません。

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世の中には不思議なことがいっぱいある

この世の中には科学で解明できないことがたくさんあります。

それなら透明人間だっているかもしれないし、飼っている猫が突然喋りだすかもしれないですよね?

私たちが常識だと思っていることなんて、実は全然常識じゃなかったりするんですよ。

オカルト的な話なんて、次から次へと出てきますよね?

例えばふと訪れた街で見つけた素敵な喫茶店で飲んだことのないような美味しいコーヒーを飲み、後日もう一度そのお店に行こうとしたらどれだけ探してもそんなお店は見つからなかった。とか。

私だってありますよ。

ハタチくらいのときに一人暮らししていたマンションで寝ていたときのこと。ふと枕元に人の気配を感じたんです。

「誰だろう?」って思った瞬間、その人影はドアの方へ向かって消えて行ったんです。

そのときは眠かったのでまたそのまま眠りについたのですが、起きてから玄関のドアを見ると、鍵が開いたままになっていました。

オカルトというか、本当の人間だったらめちゃくちゃコワイのですが。

まぁこんな感じで、世の中には不思議なことがたくさんあるわけです。

そうそう、オカルト・不思議といえば、この本を思い出しました。「新耳袋」。

いろんな怪談話が載っている本なのですが、めちゃくちゃコワイんです。

確か喫茶店の話もこの本に載っていたような…

昔はコワイ話とか大好きだったんですが、この本を読んでからめちゃくちゃ嫌いになりました。

一人暮らしでこの本読んじゃったらもう、終わりですよ。怖くてお風呂に入れないどころか、顔を洗うこともできません。

1分に1回くらい後ろを振り返り、誰かいないか確かめちゃいます。

透明人間に会ったことあるかも

私、透明人間に会ったことがあるかもしれません。

確かに誰かの気配がしたのに誰もいなかったなんてことがたまにあります。

昔働いていたバイト先のカラオケボックスはドアが開くと音が鳴ったのですが、音が鳴ったのに誰も入ってこなかったことが何度かあります。

え?ただの誤作動ですか、コレ。いやー、私は違うと思うんですよね。きっと透明人間が入ってきたんですよ。

あと寝ているときにやたらリアルな夢見るときってありません?感触とかがすごいリアルなやつ。

襲われている夢を見たときなんか、目を覚ますとさっきまでそこに誰かいたんじゃないかって思ってしまうんですよね。

でもやっぱり目の前には誰もいないわけです。

もしかしたらこれも、透明人間の仕業かもしれないですよね。

猫って本当に喋れないの?隠してるだけじゃないの?

猫が人間の言葉を話さないということは、世間一般では常識です。

でも自分が思っている常識って、案外常識じゃなかったりするんですよ。

じゃあ猫は本当は喋れるかもしれませんよね!?

私が思うに、猫って人間の言葉はある程度理解していると思うんです。あと、空気を読むこともできます。

私が小学生の頃に実家で弟のように可愛がっていた猫は、私の家族以上に私の気持ちを分かってくれるような猫でした。

末っ子で下の兄弟が欲しいと思っていた私に弟のように甘えてくれ、私が泣いているときにはどこかから走ってきてちょこんと膝の上に乗ってくるような猫でした。

彼は絶対、私の話す言葉を理解していたと思うんですよね。

今年37歳にもなる大の大人の私が猫は喋れるのかもと思ったのも、最近読んだ伊坂幸太郎の本「夜の国のクーパー」のせいです。

この本の世界では猫は人間の言葉を理解し、話します。

でも人間たちは、猫が人間の言葉を理解しているということは知らないのです。

そしてなんと、猫が見つけたら追っかけたくなるというネズミも人間の言葉を話すのです。

猫はネズミが自分たちと同じ言葉を喋るだなんて思ってもいないから、それはビックリ。ネズミはネズミで混乱が起こらないように喋れることを黙っていたワケです。

もしかしたら私たちの世界でも、猫は本当は喋れるのにそれをただ黙っているだけかもしれません。

常識なんていつだって常識じゃなくなる

私が小さい頃は、自分が大人になったときにスマホみたいなものができるだなんて、思いもしなかったです。

我が家で使っていた電話は最初の頃、プッシュ式でもなくダイヤル式だったんですよ。

ダイヤル式電話とは、電話本体の右上から数字が1から順番に反時計回りに書かれていて、それをジーコジーコと回すわけです。

若い人はビックリするでしょうね。ジーコジーコと一つずつ数字を回すの、めっちゃめんどくさいんですよ。

そんな電話を使っていたので、コードレス電話が出てきたときには驚きました。

ウチにあったコードレス電話は、トランシーバーみたいなめっちゃデカイ電話でした。

それでも当時の私は、「この電話カッコイイ!」って思っていました。

そして高校生の頃にみんなが使っていたのがポケベル。

最初は数字しか送ることができないタイプで、「724106(ナニシテル?)」とか、「105216(ドコニイル?」とか暗号のようなものを打っていたわけです。

そして遂にカタカナ文字を打てるポケベルが発売されるわけですが、これのメッセージを打つのがまためんどくさい。

「あ」を打つ時は数字の「11」、「い」を打つ時は数字の「12」って感じで、プッシュ式の電話機から送らなくてはいけませんでした。

そんな学生時代の私からしたら、今当たり前になっているスマホの存在なんて常識外そのものだったのです。

常識なんていつだって常識じゃなくなるんですよ。

そのうち誰かが「翻訳こんにゃく」を発明するかもしれませんしね。

ちなみに翻訳こんにゃくとは、ドラえもんの道具の一つでそれを食べるとあらゆる言語(動物含む)が理解できるようになるというものです。

ということで私は、明日にもウチの猫が喋りださないかと楽しみにしながら生きていくこととします。